Happy birthday to you
ある昼下がり、その家は多くの人間で賑わっていた。
「フォクシー、ケーキのスポンジはどこ?」
「そこの戸棚の中よ」
ある者はキッチンに立ち、声が飛び交っている。
「マキシマ、このモールを天井につけてちょうだい」
「わかった…こんなもんか?」
ある者は部屋の掃除と飾り付けに忙しい。
テーブルには新品のテーブルクロスがかけられ、多くの真っ白な食器が重ねられていた。
そう、誕生パーティーが開かれようとしているのである。
その様子を好奇の瞳で嬉しそうにキョロキョロと見回す少女がいる。
このパーティーの主役、クーラ・ダイアモンドである。
それとは対照的に、不快感を抑え切れずに不機嫌な眼差しをしながらソファに腰掛ける男がいた。
…K’である。
そんなK’の事はお構いなしに各人はパーティーの準備に取り掛かっていた。
「ケーキの感じはどうするの?」
「フルーツを多めにしておくわ。イチゴをメインにね」
「じゃあケーキは任せておくわ。私は他のものの調理にかかるから」
ダイアナと言葉を交わすと、フォクシーは調理台の方へと向かっていった。
「…体の方は大丈夫なの?」
「大丈夫よ。それに、あの子の誕生日でじっとなんてしてられないじゃない」
「フフ…そうね、私もだよ」
ダイアナとフォクシーの笑い声が聞こえる。
それを耳にして、K’の眉がわずかにつり上がったようだった。
一方、マキシマとウィップは引き続き部屋の装飾にかかっていた。
「しかし意外ね、あなたはこういう行事に興味ないと思ってたけど」
「なあに、こういったものもたまには悪くはないさ。…それにこういうのは堂々とケーキが食える日だからな」
「あなたはいつも堂々と食べてるじゃない」
「それを言うなよ」
マキシマは思わず苦笑した。それにつられてウィップの顔からも笑いがこぼれる。
「ま、何にしろお嬢ちゃんの誕生日だからな」
興奮で気が落ち着かないクーラを横目で見るマキシマ。
「そうね、あの子の誕生日だものね」
ウィップもまたクーラを見やり微笑む。
その瞬間、K’の唇が歪んだ。その言葉に反応したかのように…。
「ねえセーラ、何かすることない?」
その楽しそうな雰囲気にじっとしていられなくなったのか、クーラは思わずウィップのもとへと駆け寄っていた。
「おいおい、お前さんがパーティーの主役なんだぜ。働かせる訳にはいかないだろ」
「だってキャンディーだって向こうでお手伝いしてるもん。待ちきれないよ」
「マキシマの言う通りよクーラ、準備ができるまで楽しみに待っててね」
「セーラ、プレゼントって何買ってくれたの?この前買ってきたんでしょ?」
「それはパーティーが始まってからのお楽しみよ」
大はしゃぎのクーラと、困りながらも笑顔で答えるウィップ達。
そんな光景を、K’は座ったまま横目で見ていた。
不意に、K’の頭上に影がかかる。
「ちょっとK’、そこどいてくれる?」
ダイアナだった。
「そこに座られてちゃ、テーブルの準備ができないのよ」
ダイアナは不機嫌そうにK’へと言い放つ。
「知らねえよ。俺が座っている所にテメエらが勝手に始めたんだろうが」
「あんたに手伝ってもらおうなんて期待してないけど、邪魔はしないでほしいわね」
明らかにお互いの間には、不穏な空気が漂っていた。
「俺からすればテメエらの方が邪魔なんだよ。何でいるんだよ」
「あんた、何イライラしてんのよ」
K’は突然ソファーから立ち上がった。
「テメエらが原因なんだよ。邪魔者扱いされてるんならこっちから出てってやるよ」
K’は苛立ちを隠そうともせず、ダイアナへと背を向けた。
「あんた、クーラに嫉妬してるんでしょ。自分が祝ってもらえないからって!」
その瞬間、K’の中で押さえ込んできた何かが、切れた。
「うるせえってんだよ!!!」
突然、テーブルに拳を叩きつける大きな音が鳴り響いた。
その拍子でテーブルの上のグラスが床に落ち、高い音を立てて割れた。
賑やかだった場が、一転として静寂に包まれた。
…K’は鼻で笑う。
「家族ごっこならよそでやれってんだ。あばよ」
…その表情は、どことなく自嘲的だった。
一同が見つめる中、K’は背を向け、玄関へと向かって歩いていった。
「ちょっとあんた、そんな言い方はいくらなんでも…」
ダイアナの怒号などどこ吹く風と、K’は背を向けたまま扉を開けた。
静寂の中、ドアを閉じる音だけが静かに響いた。
その瞬間、クーラがK’を追って駆け出していた。
「クーラ!」
ほぼ同時にダイアナとウィップの声がクーラを呼び止める。
「待ちな」
静かにマキシマの声が二人を遮った。
「…クーラには何か思うところがあるようだ。あいつに任せよう」
慌しく扉を閉める音が、再び場に響いた。
日は既に暮れ始め、地上を赤く照らしている。
そんな夕暮れの公園の芝生に、K’は座り込んでいた。
楽しそうに遊んでいた子供達も、親に連れられ自分達の家へと帰っていく。
そんな光景を、K’は他人事の様に遠くから見つめていた。
K’はポケットからタバコを取り出すと、口にその一本をくわえた。
そして、さらにポケットをまさぐる。だが、タバコの箱以外の感触はない。
「………?」
他のポケットも同様だ。どうやらライターがない様だ。本来、必要のないはずのそれを。
「…チッ」
K’は舌打ちをすると、地面を眺めた。不意に、自分の右手が目に入る。
「(火…………)」
赤いグローブに包まれた右手の平を、K’は複雑そうな表情で眺める。
無機質な金属に覆われたその表面を、しばらくの間ただ見つめていた。
「………クソッ!」
忌々しさを隠す事無く、その怨嗟の言葉とともに口のタバコを吐き捨てた。
「ダメだよ。公園にポイ捨てしちゃ」
白いワンピースに身を包んだ栗色の髪の少女が、そのタバコを拾い上げた。
K’はそのクーラの姿を目に止めると、声もなく再び地面を見つめた。
クーラはそんなK’を見やりながら、横から後ろへと回り込む。
「K’」
「何しにきたんだよ。パーティーの主役が何こんな所で油売ってんだ」
クーラは静かに腰を下ろすと、K’と背中合わせに座り込んだ。
「K’。わたし、なんであなたが怒ったのか、わかるよ」
「………」
K’は無言だった。
「わたしもね、なんでわたしには誕生日がないの、ってダイアナに怒ったことがあるんだ」
一呼吸置くと、クーラは続けた。
「絵本で知ったんだ。普通の人たちには誕生日があるんだって。その絵本の中、すごく楽しそうだったの。みんな楽しそうに集まって、うれしそうに笑ってて。
すごくうらやましくて、ダイアナにわたしの誕生日はいつなの、って聞いてきた」
クーラはしばらく言葉を止めて、下へとうつむいていた。
「ダイアナが困った顔で返事につまってたから、わたし、誕生日がないんだと思って、ダイアナに怒っちゃったんだ。その絵本も、ビリビリに破いちゃった。
…でもね、次の日、ダイアナは誕生日をくれたんだ。”お前の誕生日は5月29日だ。調べるのが遅れてごめんね”って。わたし、すごくうれしかった。
その時から、毎年誕生日になるとダイアナとフォクシーは祝ってくれたの。
…すごくうれしかったんだ…」
クーラは不意に顔を上げると、K’の方へと少し向きやった。
「だから、K’にもわたしから誕生日をあげる。わたしと同じ5月29日。
そうすれば、わたしと一緒に誕生日を祝ってあげられるよ!」
「…勝手に人の誕生日を決めるんじゃねえよ」
K’は困惑とも、嫌がりととも取れない様な声で悪態をついた。
それからしばらく、二人に言葉はなかった。大きな夕暮れをバックに二人は背中合わせに座っていた。
わずかに吹く風が、クーラの栗色の長い髪を揺らす。
ただ時間だけが過ぎていった。
空も赤からだんだん青へと、静かに変わっていった。

「K’、機嫌なおった?」
「ああ…」
「じゃ、行こっか?みんな、待ってるよ!」
「わかった、付き合ってやるよ…!」
K’はクーラに手を引かれるまま、落ちてゆく陽を後ろに走っていた。
誕生パーティー10分前の事だった。
パーティーの主役と、もう一人の主役を迎えて、誕生パーティーは始まるのだ。
陽も完全に落ち、明かりの灯る家へと二人は入っていった。
…グラスを割った罰として、K’が食器洗いをさせられたのはまた後のお話です。